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東京大学名誉教授であった玉城康四郎氏は、
近代では数少ない霊性を理解した仏教学者でありました。

彼の理論は、
自らの瞑想中に体験したという、

「形なきいのちそのものであり、
言葉をこえた純粋生命である『業熟体』が、
限りない以前から、生まれ替わり死に替わり輪廻転生し、
生きとし生けるものと交わりながらいまここに実現している、私自身の本質である。
また、それは同時に、宇宙共同体の結び目である。」

という悟りの内容を中核とするものでした。

彼は、仏陀の禅定経験である悟りに、自ら禅定して肉薄しようとしました。
それだけではなく、
あらゆる宗教の冥想行を「全人格的思惟」として、それを探求したのです。

また、現代科学と宗教の一致を唱え、
普遍的なるもの、根源的なる神、をも視座においた論考を発表しています。

彼は、単なる学者にとどまらない、霊的体験を持った仏教者でありました。

その著書、「東西思想の根底にあるもの」では、このように主張しています。


イエスやパウロにおける霊も、
ゴータマのダンマも、まったく形なきものであり、
神的であり出世間的でありながら、主体者に生き生きと感知され、
それによって貫きとおされ、ついに一如体となり、しかも果てしなく、
神の智慧、超脱の智慧が開発されていく。
このような智慧に目覚めたものは、奇しくも、しかしながら実は必然的に、
一方では「神の子」といわれ、他方では「世尊の子」と称され、
また一方では「神の相続者」と名づけられ、
他方では「ダンマの相続者」といわれている。
宗教的生命の根源態において、
両者がこのように類型を同じゅうしていることに、
われわれは深い熟慮を留めねばならない。





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