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本来の仏教では、
可視的な存在以外にも、霊的存在を認めます。

お釈迦さまの言われる化生の生体とは、
まさに、心霊界の存在であります。




サーリプッタよ、つぎのような四の生体があります。四とは何か。
卵生の生体、胎生の生体、湿生の生体、化生の生体です。
それでは、サーリプッタよ、卵生の生体とは何か。
サーリプッタよ、かのもろもろの生けるものにして、
卵の殻を破って生まれるものがいます。
サーリプッタよ、これが卵生の生体と言われます。
ではまた、サーリプッタよ、胎生の生体とは何か。
サーリプッタよ、かのもろもろの生けるものにして、
子宮膜を破って生まれるものがいます。
サーリプッタよ、これが胎生の生体と言われます。
ではまた、サーリプッタよ、湿生の生体とは何か。
サーリプッタよ、かのもろもろの生けるものにして、
腐った魚の中に生まれたり、腐敗した屍とか腐った麦パンの中とか、
ドブ池とか下水に生まれるものがいます。
サーリプッタよ、これが湿生の生体と言われます。
ではまた、サーリプッタよ、化生の生体とは何か。
諸天、地獄の者、ある人々、ある苦処の者たちです。
サーリプッタよ、これが化生の生体と言われます。
サーリプッタよ、これらが四の胎です。

サーリプッタよ、このように知り、このように見る私のことを、
「沙門ゴータマには、人法を超えた最勝智見がない。
沙門ゴータマは法を説いているが、それは推論に溺れ、
思索に追従し、自己を顕示するものである」と言う者がいるかもしれません。
しかし、サーリプッタよ、その言葉を断たず、その心を断たず、
その見を捨てないならば、かれは運ばれるがままに地獄に置かれます。
たとえば、サーリプッタよ、比丘が戒をそなえ、定をそなえ、
慧をそなえているならば、現世において完全智に到達するようなものです。
サーリプッタよ、まったくそのように、私はこれを語ります。
その言葉を断たず、その心を断たず、その見を捨てないならば、
かれは運ばれるがままに地獄に置かれます。


パーリ原始仏典中部第12経「大獅子吼経」




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