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2008.06.09 二河白道
この世は誘惑にみちています。

一旦信仰の道に入っても、
違う道にそれてしまったり、
転落したり、途中で倒れたり、いろいろです。

しかし、栄光のゴールを目指してまっすぐに進んでいかなければなりません。

そのような様子を表したものに、
中国浄土教の僧、善導の著書「観無量寿経疏」に説かれた二河白道のたとえがあります。

それは、このような話です。


旅人の西の方向には、進むべき一本の白い道があります。
しかし、この道は幅が狭く、一人通るのがやっとです。
旅人の後ろからは、飢えた獣や殺人鬼がいまにも襲ってこようとし、
その白い道の左側は猛火で覆われ、右側には荒れ狂った水がせまってきています。

旅人は、
後ろに戻っても死、とどまっても死、また前に行っても死あるのみ、
という絶体絶命の窮地に立たされた時、火の河、水の河をはさんだ向こう岸から、
阿弥陀如来の、「こちらに来なさい。必ず守る。」、という声、
背後からは釈迦如来の、「心を定め、その道を行きなさい。」、という声を聞きます。

旅人は途中、後ろの群賊・悪獣からの、
「帰って来い。こっちは楽しいぞ。」という誘惑の声を無視して、
一心にその白い道を前に進んで、
ついに向こう岸にいる懐かしい人々と喜びの再会を果たすことが出来たのです。


このたとえ話での旅人は、仏道修行者です。
背後の群賊や悪獣は、他の人々からの悪の誘惑、中傷、非難、罵声です。
水河は欲・こだわり・貪り、
火河は怒り・憎しみ、などの煩悩をあらわしています。

白い道は、人生における正しい仏道修行の道です。
今いる此方の岸はこの世、彼方の岸は霊天上界をあらわします。

修行者は、この世的な欲望を断ち切ることができなかったり、
霊的世界に疑いが出てきたり、逆に慢心したり、常に困難にであいます。

しかし、仏陀は、
迷わないようにあの世の存在を教え、正しい修行法を説かれていますし、
行く先のゴールである霊天上界からは、導きの声が届けられています。

そして、その教えを信じ、今世での修行を終えて霊天上界に帰れば、
本来の仲間である霊人達と会うことが出来るのです。


このように仏教の二河白道のたとえでは、信仰の姿があらわされています。




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