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150年前に、高級霊は予言しています。
しかし、物質主義との戦いはいまだに続いています。

僧侶はどちらの側につくべきなのでしょうか?




心霊主義は間違いなく一般の信仰となり、人類史に一新紀元を画すことになろう。
と申すのは、心霊主義は大自然の秩序であって、それゆえに今、
人類の知識の分野に格付けされる時が来ている、この故である。
しかしながら、心霊主義は今後かなり多くの攻撃に耐えねばならないだろう―
それは信念よりむしろ利害から出た攻撃、と言うのは、うぬぼれとか世間体から、
心霊を叩くことに関心をもつ連中が存在するということである。
しかし、このような反対は勢力を失っていき、ばかばかしくなって、
遂には大方の意見の下に集まらざるを得なくなろう。

社会の傷である唯物主義の打破、こうして、人々の真実の利益がどこにあるのかが、
人々にも理解されるようになろう。
人間の未来生活のヴェールがはがれて見えて来よう。
人々が現在の生活さえしっかりやれば、
未来の幸福は保証されるということが、よく分かるようになって。
宗派とか階層や皮膚の上の特権が打破されて、
人間がやがて兄弟として一つに結ばれる大きな連帯が見えて来よう。

何かの原因があれば、人類が魔法をかけたように変わると思うことは、
人間性に関する随分と浅薄な知識を示すものだろう。
観念というものは、個々の人間性の変化に応じて、
徐々に変化するもので、古い習慣の根絶には数世代を要する。
それ故人類の変革は時間をかけて、一歩一歩、
事実をもってする影響感化によってのみ進展する。 
一つ一つの世代を経て、ヴェールの一部づつが融けていく。
心霊主義は今このヴェールを消散させようとしている。
さて、もしここに心霊主義が、
一人の人のせめて一つの欠陥を癒すとすれば、この人を一歩前進させたこととなる。
そしてこの事はこの人に多大の善を為したことになる。
と言うのは、人は第一歩が肝心なのであって、
これによりその人の以後の進歩は、容易となるからである。


「霊の書」




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