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2008.06.29 あの世の実在
鈴木秀子氏は、カトリックの聖心会会員であり、
聖心女子大学の教授を経て、
国際コミュニオン学会をたちあげ、愛と癒しの活動をされています。

その著書では、
仏教にも正当な評価を与えつつ、
自らの臨死体験によって確信した死後の世界の実在が主張されています。

彼女の宗派に捉われない姿勢には、
僧侶が見習うべきところがたくさんあります。

死後の世界など無い、と言って通用する時代は終りました。

そう言えば、こんな本が出てました。

   

『 来世をどう説くか ― 教化のための現代往生論 』
   中野東禅◆藤井正雄◆山崎龍明監修   
   A4 341頁 15,750円 四季社

   仏教での「来世」について思想や概念がどのような比喩、
   例話等をもって説かれているのかを様々な角度から解説した書。

   【目次】
    ・序 「来世」を言語化しよう
    ・第一章 「来世・死後・再生」の問題整理
    ・第二章 仏教各宗派の来世観
    ・第三章 「来世をどう説くか」シンポジウム ほか



来世をどう説くかなど、ためらう必要はありません。




二〇世紀の後半に至って、臨死体験という言葉が生まれ、
その存在が科学的に研究されたことで、
想像以上に多くの臨死体験例が存在することが明らかになりました。
そして臨死体験例は、以前より増加しているようにわたしは思います。
臨死体験者が増加し、それが世界的に注目を集めるようになったという事実には、
重要な意味があると思います。
それは、「死後を思い悩むな」という啓示だろうとわたしは思っています。
死んだらすばらしいところへ行くんだということを知り、
死を楽しみにできるほうが、幸せな人生を生きることができます。
死への不安で、今、与えられている命を汚染するというのはもったいないことです。
臨死体験は、現代人に、「生に執着し、未来について思い悩む必要がない」、
ということを教えてくれているのではないでしょうか。
死について思い煩うと、人は、漠然とした不安にかられ、
それが、貧困の不安、病気の不安、人間関係への不安などに結びついていきます。
今ある幸福をしっかり味わうこともできず、
今やるべきことに集中することもできなくなるのです。
しかも死を恐ろしいものととらえ、
人は必ず死ぬという現実を無視しようとすれば、
目の前の楽しさだけを追い求めることになります。
しかしもし、あなたが、魂は永遠に生きつづけるのであり、
死によって、何も終わらず、何も妨げられないということを信じることができれば、
今が一番大切であることが分かるはずです。
目前の楽しさにだけ目を奪われることなく、愛と真理のために、
しっかり腰を据ていくことができるようになるのです。
臨死体験が教えてくれるのは、わたしたちが、
「この世」で生きる知恵と言えるのではないでしょうか。

「生かされる理由」




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