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2008.07.25 大黒神の奇跡
先述した、義浄の「南海奇帰内法伝」には、
7世紀インドの僧伽の生活が描写されていますが、
義浄が目撃したいろいろな奇跡現象も報告されているのです。

これは、現代と違って、
仏教徒は、霊的世界との交わりを日常的に持っていた証拠です。


ところで、私、義浄はかつて、
自ら親しく大聖釈迦世尊が、大涅槃を説かれた処である般弾那寺で、
奇瑞のあったという大黒神の神容を見たことがある。
奇瑞というのは次のような話である。
ここのつねの僧衆の食事の数は一百有余なのだが、
仏跡の巡礼が集中する春と秋の一年二時の礼拝の際、期せずして大量の巡礼があり、
僧徒の五百人にもならなんとするものが、
正午になろうとしているとき、たちまちに来たのであった。
もうそのときは、正に正午になろうとしており、
よろしくさらにに煮る(非時食戒を守るため)ことができなかったのである。
知事僧の人が、まかない方に告げて言った、
「これは何とも突然のことだ。さて、どうしたものだろうか?」
時に一人、浄人の老母があって、知事僧に告げて言った、
「なになに、いつものこと、わざわざ、憂えられることはありません」と。
ついにこの老母は、さかんに香火を燃やし、さかんにお供えを並べて、
大黒神に告げて言ったのである、
「大聖釈迦世尊は般涅槃なされましたが、教えを受け継ぐその徒は尚、今も在ります。
あちこちから僧徒がきては、大聖釈迦世尊の御跡仏跡に礼拝を為しております。
どうぞ、彼ら法門の徒への飲食の供給と承受は欠乏させないでください。
これはあなたさまの力でなすべきところであります。
そうぞ時を知って、どうか急いで、正午までの食事時間に間に合わせてください」と。
つぎに僧伽の人々を集め、命じて大衆を座らせ、寺のいつもの食事を、
何時もの通りに上座から次第にくばると、大衆各自、みな足りたのであり、
その上、その餐食のあまったのもまた、いつものようであったのである。
これを見て皆、「すばらしい!」と唱えて天神の力を讃えたのである。
以上の話は、私、義浄が実際に自ら親しくこの寺に礼拝し、
まみえることを行ない、ことさらに、神容を見たときのものである。
この大黒神、願い求める者には効験があり、
人知の及ばない不思議なはたらきは、虚しくはないのである。          
                                   



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