FC2ブログ
2008.09.08 目覚めの時
誰にでも、目覚めの時は訪れます。

その為にも、常にオープンマインドでいましょう。

奇跡など自分には起こらないだろう、と思うべきではないのです。




あらゆる霊の道の教えは、希望を呼び覚ましてくれる。
それはまた、神の力と慈しみ、それに奇跡という次元を垣間見ることを可能にしてくれる。
普遍的な真理は、生命が永遠の流れであり、
無限の力をもっているということを教えてくれる。
心身と同様に、霊が癒されるためにも滋養が必要だ。
自ら行動を起こし、魂の闇夜へと恐れずに足を踏み入れ、
人生を永遠に変えてしまった人々の物語や叡智に心を動かされ、
ひらめきを受けることで、自分も行動を起こす勇気を蓄えよう。
あまりなじみのない教えが語る叡智にもふれてみる。
厳格なユダヤ教を求めたハシディームの物語を読み、ユダヤ秘教「カバラ」を探る。
スーフィの教えの寓話や、イランの神秘家詩人ルーミーの詩を楽しもう。
仏陀の説話や、ティク・ナット・ハンの単純明快な教えを学ぶのもよい。
キリスト教の神秘家である「砂漠の父たち」から、
「ウパニシャッド」の文献まで、広く探ってみよう。どれも驚くほど読みやすいものだ。
ここにあげたような教えに出てくる話には、
論理的に考えると意味をなさないものもある。実は、そのほうが効果的なのだ。
論理思考を超越した本質的な美と、内に秘められた力がそこにはあるからである。
霊に滋養を与えてくれるような物語や真理を吸収していくと、
内面から気が解き放たれるのを感じることだろう。
それは普遍的な真理と共鳴する気であり、
自分のいる世界とひとつになる道へと導いてくれる。
このエネルギーは、まさに「恩寵」と呼ぶしかないものだ。
この波動の力は強烈で、一瞬の間であっても、人をまわりの状況から離し、
ひとつ高いレベルヘと引き上げる。自分で対処できないものは何もなく、
結果がどうあろうとも、すべてはうまくいくのだという気持ちで満たしてくれるのである。
恩寵とは、もちろんいつも明らかにわかる力として現れるわけではない。
かすかにしかわからないもの、凡庸なもの、あるいは、
人のあり方まで変えてしまうほど強力なものなど、さまざまなかたちでやってくる。
恩寵は「共時性」として現れることもある。
いちばん必要としているとき、そしてまったく予想していなかったときに、
安らぎをもたらしたり、必要な助けを提供したり、あるいは劇的とも思えるようなかたちで、
このエネルギーがさまざまな人々の出会いをつくったり、
いろいろな出来事を起こしたりするケースだ。あるいは、あたかも光が差したように、
突然の理解をもたらす力となり、それまでどうしてもつかめなかったことが見えたりする。
意識を覚醒時とは異なる状態へと誘い、
あまりなじみのないエネルギーで満たしてくれることもある。
それは、愛情と希望、そして何をも恐れぬという気持ちが組み合わさった、
何ともいえない精神状態だ。また、恩寵は保護する力でもあり、
何らかのかたちで存在が脅かされるような状況では、私たちを囲む盾となる。
あなたの人生で起きるすべての出来事は、この恩寵のエネルギーがつくり出したものだ。
驚異的な瞬間と同じように、ごくふつうの状況にも注意を払い、
その出来事の裏に神なる存在のエネルギーが隠されていることに気づこう。

キャロライン・メイス「チャクラで生きる」




クリックして愚僧の活動に御協力ください。
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://souryonotakurami.blog46.fc2.com/tb.php/679-bce925f6