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お釈迦さまは、神霊に対しても説法しました。

神々の師と言われる所以です。

お釈迦さまの説く法は、創造神をも凌ぐスケールであったのです。


「梵天よ、わたしは知っている。
もし、わたしが地に執着すれば、
わたしはあなたの近くに住むものとなるであろう。
もし水に、火に、風に、生じたものに、天に、創造主に、梵天に執着すれば、
わたしはあなたの近くに住むものとなるであろう。
さらに梵天よ、わたしは、梵天バカはこのように大きな超自然力をもっており、
梵天バカはこのような大きな威力をもっており、
梵天バカはこのような大きな力をもっている、とあなたの達成を知り、威光を知っている。

月と太陽とが運行し、四方に光が輝く限りの、その千の世界にあなたの力ははたらく。
あなたは貴きと卑しきとを知り、貧者と離貧者とを、
ここの存在と他所の存在とを、生ける者たちのやって来るもとと、おもむく先とを知る。

梵天よ、このようにわたしはあなたの達成を知り、威光を知っている。
梵天バカはこのように大きな超自然力をもっており、
梵天バカはこのような大きな威力をもっており、
梵天バカはこのような大きな力をもっている、と。
梵天よ、他にも神々の衆がある。
それについてあなたは知らず見ないが、わたしは知り見る。
梵天よ。光音天という名前の神々の集まりがある。
あなたはそこからここへ再生したのだ。
しかし、あなたはここにあまりに長く住んでいるので、
それについての記憶がなくなってしまった。
それゆえにあなたはそれを知らず見ないのだ。しかしわたしは知り見る。
梵天よ、このように勝れた智慧についてはあなたと等しくはない。
どこが劣っていようか。それゆえわたしはあなたよりすぐれている。

梵天よ、わたしは一切を一切として了知し、
一切のもつ一切の性質として経験されないものがあれば、それを了知し、
一切であると考えず、一切のなかにあるものであると考えず、
一切より生じたものであると考えず、
一切はわたしのものであると考えず、一切を尊重しない。
梵天よ、このようにすぐれた智慧についてはあなたと等しくはない。
どこが劣っていようか。それゆえわたしはあなたよりすぐれている。

霊威は眼には見えず、無限であり、あらゆる場所に輝いている。
それは、地のもつ地の性質として経験されず、水のもつ水の性質として経験されず、
火のもつ火の性質として経験されず、風のもつ風の性質として経験されず、
生じたもののもつ生じたものの性質として経験されず、
天のもつ天の性質として経験されず、
創造主のもつ創造主としての性質として経験されず、
梵天のもつ梵天としての性質として経験されず、
光音天のもつ光音天としての性質として経験されない。」

「世尊よ、わたしはあなたの前から姿を消してみせよう。」

「梵天よ、もしできるなら、あなたはわたしの前から姿を消してみせなさい。」

しかし比丘たちよ、梵天バカは、
『わたしは沙門ゴータマの前から姿を消してみせよう。』といいながら、
わたしの前から姿を消すことができなかった。

比丘たちよ、このようにいわれて、わたしは梵天バカに次のようにいった。

「梵天よ、わたしがあなたの前から姿を消してみせよう。」

比丘たちよ、そこでわたしは、
梵天にはその間はわたしの声は聞こえるが、
わたしの姿は見えないという神変を行ない、姿を消したままで次の詩偈を語った。

「生存のうちの恐怖と、生存から離脱することを求める人々の生存とを見て、
わたしは生存を尊重せず、いかなる喜びにも執着しない。」

すると比丘たちよ、梵天には、
『希有のことだ、いまだかつてなかったことだ』という思いが生じ、
『沙門ゴータマの大きな超自然力と大きな威力とのことです。
じつにいまだかつてなかったことです。
シャカ族の子であり、シャカ族から出家した沙門ゴータマのような、
このような大きな超自然力のある、このような大きな威力のある沙門、
またはバラモンを以前に他に見たこともなく聞いたこともありません。
生存を喜び、生存を楽しみ、生存を喜悦している人々のなかにあって、
あなたは生存を、その根元と一緒に、除去しました。』といった。


パーリ原始仏典中部第49経「梵天招待経」




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