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2008.09.13 無我の教え
お釈迦さまは、無我を説きました。

これは、「肉体」も「霊体」も、我では無いという認識の勧めで、
我がものという執れを捨て去ることによって、
神仏と一体となる「入我我入」の涅槃の悟りを得るためなのです。

よく言われるように、無我とは霊魂が無いということではありません。

お釈迦さまは、非物質領域や形而上を認めた上で無我を説かれたのです。

肉体(物質)のみを認めて、
霊的世界を認めないということであれば、それは単なる唯物論です。

しかも、
お釈迦さまの説かれる断見(肉体の死によっていのちは終わり無になる)、
定見(死後には固定された自分がそのまま存続する)を離れた、
「中道」からも反れてしまうのです。

真実は、肉体も霊体も無常であり、無我であり、空であるということなのです。


そのとき世尊は早朝に衣を身につけ、
衣鉢をもってサーヴァッティヘ行乞のために入って行った。
尊者ラーフラ(世尊の実子)も早朝に衣を身につけ、衣鉢をもって、世尊の後に従った。
そのとき世尊は後ろを振り向いて尊者ラーフラに話しかけた。

「ラーフラよ、
過去・未来・現在の物質であり、内にあるもの、または外にあるもの、
粗大なもの、または微細なもの、卑しいもの、または貴いもの、
遠くにあるもの、または近くにあるもの、すべての物質は、
『それはわたしのものではない。
わたしはそれではない。それはわたしの自我ではない』と、
このように正しい智慧であるがままに見られるべきである。」

「世尊よ、物質だけですか。幸いな人よ、物質だけですか。」

「ラーフラよ、感受作用もである。ラーフラよ、想念もである。
ラーフラよ、意による形成力もである。ラーフラよ、精神もである。」


パーリ原始仏典中部第62経「大ラーフラ教誡経」




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