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伝統教団は、ニューエイジの新しい流れに敏感であるべきです。

今のままの状態では、
人々の魂の救済どころか、むしろそれを阻害しているようにすら見えます。

特に、唯物論教義を信奉する日本仏教は猛省が必要です。

スピリチュアル作家、ジェームズ・レッドフィールド氏の提言です。



大多数の宗教グループは霊的な役割を見失って、独善的な教条主義におちいり、
精神を失った形だけの儀式や、無益な社会的対立に関わっている。
誰もが知っているとおり、大小の宗教的対立が何百万人もの人々を苦しめている。
宗教が神の崇高な目的を具現化するにはほど遠いことは、
非常に残念であるばかりでなく悲劇でさえある。
このことは多くの宗教団体について言えることだ。
宗教が人々の間に誤解を生み出したり、
信者のエゴを脱却しようとする成長を阻害したりする時、
その宗教は自らが掲げている目的とは全く異なるまがいものとなる。
もし宗教が偏った正義を主張するようになると、
宗教は人類の神聖な向上心の友ではなく敵となって、
我々の愛する力や真の神への貢献を阻害する。
しかし、人類の目覚めの中に、このような事態を防ぐ鍵が隠されている。
変容のための修養を行って愛と知恵の能力を高めることによって、
私たちはある種の宗教団体に見られる偏狭さや無気力を防ぐことができる。
私たち一人ひとりが超越した存在に目覚めることによって、
教会や寺院や私たちの帰属するスピリチュアルな団体を生き返らせることができるのだ。
長い歴史を持つ宗教は、エゴを超越した知恵と愛と世界奉仕を目的として、
存続してきたことを思い出すことも必要だ。
超常的な人間の資質は、異なる名前と異なる重要度を与えられていても、
すべての聖なる伝統の中でつちかわれてきている。
ヒンドゥー教の教えにある「シディス」、スーフィズムの「光彩」、
カトリックの聖人や神秘主義者の「カリスマ」と呼ばれる聖霊からの賜り物、
ユダヤ教やプロテスタントで尊敬されている「聖霊からの贈り物」などは、
まぎれもなく、類似性を持っている。
これらは、今、生まれつつある人間の新しい資質と同じものなのである。
すべての宗教は、こうした資質と、
彼らがつながりを待っていた霊的なエネルギーの証人なのだ。
その本質において、すべての宗教は、私たちの中にある超常的な能力と、
今、この地上に現れつつあるよりすばらしい人生を示している。
今、地球レベルで、この力を人々が認識し始めているのだ。
人間の成長の可能性を我々がもっと認識するにつれ、人々は教会や寺院に対して、
教条主義や宗教的勢力争いをやめ、
もっと直接的な体験に焦点を当てるよう要求し始めるだろう。
私たちのより深い本質が次第に明らかになり、
私たちがますます修養や自己統合を進めるに従って、
宗教の世界も万人に共通する霊的基盤や人間性、
そして未来の超常的生活の展望を認める方向へと、向かうに違いない。
そのようになれば、それは日々の生活において神と共にいるという感覚を強め、
全く予想もできなかった世界へと私たちの心を開いてゆくことだろう。


「進化する魂」




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