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瞑想の意義は、高次なる世界との交流にあります。

高次なる世界と交流するためには、反省によって心の曇りを取り去る必要があります。

瞑想の習慣のない僧侶は、祈りをしないクリスチャンのようなものです。

漢文の経典を唯物論的に解釈してみても、何にもなりません。

仏法は、探求してみて、知って、実践してはじめて腑に落ちるものです。

仏法は自他の幸福のために説かれました。

どうすれば、幸福になれるのでしょうか?

反省瞑想によって自我の執着を捨て去り、
与える愛に生きることで、神仏の加護を得ることが出来るのです。

昔から、
もろもろの悪をなすこと無く、もろもろの善行愛行をなし、
自らのこころを浄くせよ、これがもろもろの仏の教えである、と言われてきました。

現代仏教は最も大切なものを失ってしまいました。

仏教の失われた叡智を再認識するべく、このブログを続けてまいります。

ここを見てくださる皆様に、より一層の幸福がありますように。

日々、精進します。




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