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現代人は、信仰を誤解しています。

その行為は、何か盲目的な狂信、迷信であるかのように低く見られています。

仏教は信仰を説かない、と主張する学者すらいます。

何故ゆえ、信仰というものを嫌うのでしょうか。

合理的な思考のできる高度な文明人には相応しくないとでも言うのでしょうか。

いつからか、人間は傲慢になり謙虚さを失ってしまいました。

まるで、自分達に分からないことなど何もないと言わんばかりです。

大宇宙に神秘が存在すると何か困るのでしょうか。

理性的に考えても、宇宙が偶然に存在しているという結論には至らないはずです。

特定の宗教の教義を信じることが、信仰なのではありません。

簡単に言えば、信仰とは、事実を受け入れるということなのです。

信仰は、人間として生きていく上で当然の行為です。

逆に言うならば、信仰によって初めて人間と成るのです。

信仰とは、人知を超えた全宇宙を統べたるところの高次なる存在を受け入れることです。

信仰とは、目に見えぬ霊界や霊人達、
宇宙に無数に存在する仲間たちの存在を受け入れることです。

信仰とは、永遠のいのちを得ることです。

信仰の本質は、我々の魂の親である仏神への愛、仏神への畏敬の念です。

信仰は悟りの入り口であり、信仰なくして悟りなどありえません。




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