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2008.10.28 宗教原理主義
現代においても、伝統的な宗教者のなかには、
「自分の信仰こそ、唯一の真理であり、唯一の神に救われる道である」と主張したり、
「わが宗教の教義は、最高の価値を有し、絶対不変の真実である」と主張する、
原理主義者は多いようです。

人間のエゴは、偏狭で頑迷です。

ヒンドゥー教徒のマハトマ・ガンジー氏はこう言っています。

「我々人類が不完全な存在である限り、
我々人間によって信仰されている宗教も又、不完全なものである筈だ!
だから、如何なる宗教も未だ進化発展の過程にあり、
我々人類の進化発展に伴って改善・改良されてゆくべきものである。」


このように、宗教も、
他の学問、諸科学と同様に、時代に即応して進化発展していくものです。

神は人類の進化発展の為に、常に新たな啓示を与え続けている、
とする方が妥当な考えなのです。

キリスト教の著名な牧師レスリー・ウェザーヘッド氏も、
このような疑問を投げかけています。

「神は、他の惑星の生物に対して、お力お働きをなさらないのであろうか? 
肉体的誕生という言葉は、
生命が体を受肉する事を意味しており、含蓄のある言葉ではないか? 
神は自己の存在を地球にだけ現し、
他の惑星には如何なる方法でも表現なさらないのだろうか? 
神がなさるこれらの可能性を否定するのは、我々の能力や知識を越えている事柄なのだ。
否定的な、この考え方こそかつてガリレオを宗教裁判にかけて迫害した考え方なのである。
しかし、神が大宇宙の他の惑星にも自己を何らかの形で現されるという事が可能ならば、
三位一体説はどうなってしまうのだろう? 
神は三位一体ではなく、三百万位一体という事が正しいのではなかろうか? 
イエスだけが、「神のたった一人子」などとどうして言えるだろうか? 
全てを知らなくて「たった一つ」という言葉を使えるだろうか?
神の生命的愛を伝える為に何百何千という神の子達が、
他の色々な惑星に遣わされていないだろうか? 
この事の方が、寧ろ福音書である聖書を価値高くする事のように私には思われる。
この事は決してキリストと聖書の価値を消し去るものではないのだ。」


これからの宇宙時代においては、伝統宗教も変わっていかざるを得ません。

宗教が争いの原因になるのは、
神仏の責任ではなく、全て人間のエゴのなせる業です。




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