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2008.04.03 瞑想の意義
瞑想は、宗教において、
中核をなす修行法だと言ってもいいかもしれません。

そして、その奥深さは計り知れないものがあります。

肉体の快楽を喜ぶのが、世俗行為だとすれば、
瞑想は、霊的喜びを得るための、宗教行為にあたります。

日常生活では、いろんな悩みや不安、感情の起伏によって、心が波立っています。
その状態では、高次な霊的世界への参入は出来ません。

また、いい心の状態になろうと思っても、
一定の実力がなけば、心のコントロールは出来るものではありません。

その実力をつけるためにも、心の波を静める瞑想による修練が必要なのです。

水と砂が入った容器を、かき回すと、泥水となって濁ってしまいます。
これを、静かにして時間を置いておくと、砂は底に沈み、
水と分離して、きれいになっていきます。

これと同じような作用を瞑想によって、心に及ぼすのです。

心の状態には、いろんな段階があり、
その段階に応じた異次元世界との交流、感応があります。

仏教では、禅定(瞑想)の段階を、

初禅、第二禅、第三禅、第四禅、空無辺処、識無辺処、無所有処、非想非非想処

と分けています。


人間の死後は、心の様相に応じた世界に還っていくのと同じように、
生きている間にも、瞑想によって、
心の段階に応じた異次元世界に参入することになります。

心理学では、潜在意識ともいわれますが、
心の奥には、宝庫が眠っていて、それを開発することによって、
自分自身の魂の兄弟や、指導霊などの、
霊的世界の住人と交流することが可能になっていきます。


仏教では、
常に心の汚れを清め、きれいにすることで、
一定の境地を保つことが出来、魂の兄弟(ハイヤーセルフ)との交流が始まる、
阿羅漢という境地を目指します。


瞑想、禅定は、心を統一して、
私達の本来いた霊的世界との交流を通じて、
インスピレーション、新たな活力、エネルギーをいただき、
日々の生活の指針として、自他をより良いものにしていく、
という大切な宗教的行為なのです。




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