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2008.04.03 神について
大梵天は、他宗教でいう、いわゆる神にあたります。
しかし、大梵天にも、限界があり、
絶対神(法性法身)では無いのです。

お釈迦さまは、
大梵天を究極的存在だと誤解してしまう根拠を説かれています。


比丘たちよ、生ける者の誰かが、
その天としての体より死没して、
ここ(地上)へ生まれてくることは、道理のあることである。

ここへやってきて、沙門となり、家を離れ、
家なき者として出家する。
家を離れ、家なき者として出家した沙門は、
苦行により、精進により、繰り返しの実習により、
不放逸により、
正しく心を向けることにより、心が集中したとき、
その過去の生存を追想し、
それ以上を追想しないところの心の統一を体得する。

彼は次のように言う。

『この貴き人は梵天であり、大梵天であり、勝利者であり、
打ち負かされることがなく、すべてのものを見通し、
支配し、自在者であり、創造主であり、化作主であり、
最上の能生者であり、
すでに生じたものとこれから生じるものとにとって、
自在な力を持つ父であり、
この貴い梵天によってわたしたちは化作された。
彼は常であり、堅固であり、常住であり、
変異しないものであり、常に変わることなく存続する。
しかしわたしたちはこの梵天によって化作されたものであるから、
わたしたちは無常であり、非堅固であり、寿命が少なく、
死すべき者であり、このような者としてやってきたものである』
と。


パーリ原始仏典長部第1経 「聖なる網の教え」




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