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大乗経典の般若経には、こうあります。

菩薩は、自分自身の私的な涅槃に達したいとは思わない。
反対に彼らは、大いに苦しみに満ちた世界を探索し、
最高の目覚めがどれほど望ましいものではあれ、生死を恐れない。
彼らは、世界の益のために、世界を慰めるために、
世界への憐れみの心から、世に生まれて来るのである。
彼らは決意した。
『われわれは、世界のための隠れ家、世界の憩いの場、
世界の最後の安堵の場、世界を救う手段の導き手になろう』と。



仏教伝来以来、わが国日本は、「大乗相応の地」といわれてきました。

その大乗仏教の理想が、菩薩(ボディーサットヴァ)。

従って、仏教徒である以上、この境地を目指すべきなのです。

そして、人間には霊的レベルの差があることを認めなければなりません。

菩薩は、その歩んできた修行の積み重ねによって、霊的賜物を与えられているのです。

神仏はあくまでも、公平です。

当然、菩薩は、現代にも多く生まれてきています。

必ずしも、僧侶であるとは限りません。

様々な使命をもって、活躍されておられます。

この世は、様々な霊格を持った人々が一堂に会する場所なのです。

衆生のなかにあって、無私の精神で人々を救うことに人生を捧げている存在。

無我になればなるほど、仏性が輝きだす、無我の発現した姿が菩薩であるのです。




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