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2008.11.21 神への目覚め
神の存在は、たとえ仏教徒であっても肯定されなければなりません。

神が存在しないのならば、救いなどどうして有り得ましょうか?

説明書をまず信じないことには、その使用法は習得できません。
それと同じように、神を理解したければ、まず神を信じることです。

多神教でも、シャーマニズムでも、科学的探究であっても、
深まっていけば、より根源的なる神へと辿り着くことになります。

トマス福音書の、
「神はあなたの周りにも、内側にも、到るところにある」という洞察は、真理です。

真理の下では、因縁生起という名で偽装した唯物論に逃げ込むことは許されないのです。




人間の存在は偶然の副産物でも、
遺伝子変異や自然淘汰がでたらめに起こった結果でもありません。
また、単に利己的な遺伝子の自己保存のための戦略の結果生じたものでもないのです。
私たちの存在には意味があり、人間として、惑星として、果ては宇宙としての目的があります。
私たちは世界によって創造されるものですが、
同時に、ともに手を携えて世界を創造する、共-創造をを行うものでもあるのです。
人間の使命は、今、途上にある、
宇宙の可能性を探り、進化するダイナミックな旅を助け、より力強いものにすることです。
人間としての使命を果たせるかどうかの鍵となるのは私たちの意識です。
大部分の人間が考えているよりも、私たちの意識ははるかに深く広いのです。
つい最近まで、科学者たちは、意識は身体のなかに、
自己という感覚は個人の心の作用のなかに、それぞれ閉じこめられていると考えていました。
しかし、もしそのとおりなら、皮膚に包まれた脳と、自我に縛られた意識とでは、
私たちの気づきも、私たちが世界を理解する能力も限界があるということになってしまいます。
しかし、科学研究が現在明らかにしつつあるように、
また、あらゆる神秘的な伝統が見抜いてきたように、
気づきが肉体を超越し、さらに人間の個人性をもはるかに越えたものだとしたらどうでしょう。
私たちは、自我-自己の限界を完全に超越したレベルで、宇宙を思い描き、
理解し、経験する力を生まれつき持っていることになります。
今ほど、この拡張された気づきというものが重要な時代はありません。
なぜなら、世界中で総倒れするか、
ともに飛躍できるかの瀬戸際に立たされているのですから。
しかし、リアリティや自分たち自身、
そして自分たちの意識について新たなヴィジョンが見えてきたおかげで、
私たちは、この歴史の分岐点に至って目覚めはじめたのです。
まるで、悪夢から覚めるように。
私たちの気づきは、過去の限界を突き抜けて急速に広がっています。
個人の意識と、70億近い人類の意識が作り上げている一つのグローバルな精神、
この双方の変化という現在展開しつつある意識のシフトによって、
私たちは、全一世界の性質と目的について深遠な洞察を獲得しつつあるのです。


アーヴィン・ラズロ「コスモス」




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