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知能と宗教的覚醒度は必ずしも比例しません。

現代人は、分析知、記憶力、合理的思考ばかり尊重して、
瞑想による直感知を軽視する傾向にあります。

仏法は、行なくしては理解できません。

生来愚鈍であった周利槃特が、仏陀の導きで後に大悟した逸話は有名です。




わたしの進歩は遅かった。
わたしは以前には軽蔑されていた。
兄はわたしを追い出した。―「さあ、お前は家へ帰れ!」といって。
こうして、追い出されて、わたしは僧園の通路の小屋に、
かっかりして、静かに立っていた。―なお教えのあることを期待して。
そこへ尊師が来られて、わたしの頭を撫でて、
わたしの手を執って、僧園のなかに連れて行かれた。
慈しみの念をもって、師はわたしに、足拭きの布を与えられた。
―「この浄らかな物をひたすらに専念をして、気をつけていなさい」といって。
わたしは師のことばを聞いて、教えを楽しみながら、
最上の道理に到達するために、精神統一を実践した。
わたしは過去世の状態を知った。
見通す天の眼は浄められた。
三つの明知は体得された。
ブッダの教えはなしとげられた。
パンダカは、千度も神通力によって、千度も自分のすがたをつくり出し、
楽しいマンゴーの林のなかで坐していた。―供養するための時が告げられるまで。
次いで、師は、時を告げる使者をわたしのところへ派遣された。
時が告げられたときに、わたしは、跳び上って空中を通って師のもとに近づいた。
師の御足に敬札して、わたしは一方の側に坐した。
わたしが座したのを知って、そこで師は、わたしの帰依を受けた。
全世界の尊敬を受ける人、もろもろの献供を受ける人、
人間どもの福を生ずる田は、供物を受けたもうた。
[チューラパンダカ長老]

パーリ原始仏典小部「テーラガーター」



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