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2008.11.23 光の存在
人を見下したり、裁いたり、自己卑下したり。

どれも、小さな自我のなせるわざ。

誰もが神の子、仏の子。

愛の大河の前には、小我は無力。

無限の大我に目覚める時、光を放つ存在となる。




私たちがもっとも深く恐れるのは、
自分が不十分な存在であるということではない。
私たちがもっとも深く恐れるのは、
自分が計り知れないほど力に満ちた存在であるということだ。
私たちをもっとも怯えさせるのは、私たちの闇ではなく、光である。
私たちは自問する。
「自分が優秀で、素敵で、才能豊かなすばらしい存在になんてなれるだろうか」と。
だが実際、なれないものなどあるだろうか。
端役を演じるのは世の中のためにならない。
まわりの人々に遠慮して身を縮めていても何の意味もない。
私たちは誰もが、子供がそうであるように、輝く存在として生まれたのだ。
一部の人だけでなく、すべての人が。
自分自身の光を放つとき、私たちは自然に、他者が同様に輝くことを受け入れる。
自分自身の恐れから解放されるとき、私たちの存在は、必然的に、他者を解放する。


マリアン・ウィリアムソン「愛への帰還」




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